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2011年3月22日 (火)

2011年3月22日号。<大マスコミが「黙殺」している地域の被災者のみなさん。私たちはちゃんと見ています>

<これは勝谷誠彦が個人で配信している有料配信メールです。あくまでも個人が得ている情報からの推察ですの で、内容についてはそれぞれがきちんと吟味して判断してください、という勝谷のメッセージを添えます。なお配信元その他の情報は下記の通り。
 勝谷誠彦HP:http://katsuyamasahiko.jp/
 問合せ:info@katsuyamasahiko.jp
 情報提供・感想:stealth@katsuyamasahiko.jp
 発行:株式会社 世論社>

 

(2011/03/22 9:17), 勝谷誠彦の××な日々。 wrote:

 
 2011年3月22日号。<大マスコミが「黙殺」している地域の被災者のみなさん。私たちはちゃんと見ています>。
   
   
 4時起床。
 昨日はお彼岸だった。彼岸とは文字通り「あちら側」のことだ。
 彼岸をすぎて、私たちはようやく此岸にたちもどり、おずおずと左右を見回しているよをに思われる。此岸は煩悩と苦痛に満ち、そこを歩いていくことはまことに辛い。しかし、しっかりとした手触りはある。
 呆然とし続けた10日余りだった。地震と津波の災禍に立ちすくみながら、原発の危機に震えていた。阪神淡路大震災の時に、私が現地に入ったのは数日後で ある。そこはもう「此岸」だった。しかし、今回「彼岸」で呆然とする時間はそれよりも長く、二つの災害の大きさは、やはり阪神の時をはるかに上回っている ことが改めて実感された。
 被災者の更なる無事を願い、亡くなった方々の冥福を祈り、なお原発への警戒を怠ることをせずにいながら、災厄の外にいる私たちは日々の営みを着実に再開 しなくてはいけない。今や、被災地を除く「日本国の七割ほど」が、かの地を支えるべく頑張る時なのである。一家の働き手の一人が倒れ、なおかつ闘病の費用 もかかる。その分を、残りの家族が稼ぎだすのだ。頑張れ!
 というわけで…とこのために屁理屈をこねてきた感は漂うが(苦笑)私もようやく発売から1週間がたってしまった新刊の紹介をすることにする。
 『日本人の「正義』の話をしよう』
 http://www.amazon.co.jp/dp/477620651X
 30歳ほども歳が違う私と岡野工業の岡野雅行さんだが、どちらも「古くさい」ことでは同じだ。
 戦後の日本は「古くさい」ことをどんとん捨てて来た。捨てる過程で大切なものも失ってきた。そのツケがここ20年の失墜と、ひいては今回の災禍で表面化したさまざまなことになっていると私は感じている。
 またまた牽強付会だが(どうもこういう時に自著の宣伝をするのはやはり恥ずかしいなあ)これからの日本国の大復興においてはその「古くささ」をもう一度 見直すことが必要になって来ると思うのだ。いやそれは「古くなかった」のかもしれない。「古いから捨てよう」という楽な道を私たちが選んでしまっただけな のかも知れない。
 そういう思いを胸に読んでいただけると、少しは国のために役立つ本かもしれません。笑える要素もかなりあります(笑)。被災地に救援物資を送る時に、ダンボールの底に潜ませていただいてもいいかもしれない。
   
 いま厳に慎むべきことは、無用な不安を煽ることだ。特に食品の放射能汚染が現実のものとなってきた以上、私たちがいかに理性をもった大人であるかということが試されている。だから、今日発売の女性週刊誌の新聞広告に踊る大活字には驚いた。
 『週刊女性』<原発巨大爆発カウントダウン/その時どうする?>
 『女性自身』<原発被爆/臨月32歳母負けない!>
 いい加減にしなさい。原発は爆発はしない。最悪でもメルトダウンなのはわかっているでしょう。被爆って何だ。妊婦に具体的な影響があるような大見出しは「風説の流布」の犯罪だ。
 もっとも「先輩」としては築地をどりがやってくれている。
 <アエラが謝罪 表紙の防毒マスクに「放射能がくる」/風評被害助長批判に>
 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110320/ent11032021480015-n1.htm
 <福島第1原発の事故をイメージした19日発売の「朝日新聞WEEKLY AERA」(朝日新聞出版発行)の表紙に対し、「風評被害を助長する」などと批判が高まり、同誌は20日、短文投稿サイト「ツイッター」で「ご不快な思い をされた方には心よりお詫び申し上げます」と謝罪した。
 表紙は防毒マスクをつけた人物の顔のアップに、赤い文字の見出し「放射能がくる」を重ねたもの。このデザインに対し発売後、ネット上で「恐怖心をあおってどうするのか」「インパクトばかり求めている」などと非難が相次いだ。>
 この世間の反応を女性週刊誌の編集長たちは見ていなかったのかなあ。その点『週刊文春』『週刊新潮』のみならず『週刊ポスト』『週刊現代』も腰がすわっ ていた。見事だったのはいずれもグラビアである。大マスコミがいかに本当に危ないところに突っ込んでいっていないか、事実を隠蔽しているか、がよくわか る。不肖・宮嶋茂樹をはじめとする勇士たちは続々と最前線に入り、力のある映像を送ってくれていた。必見です。
 とはいえ「万一」の時のための心の準備だけは「正確」にしておくことが大切。わが友、川西琢也金沢大准教授がHPにまとめてくれたのでリンクしておく。
 http://takuyakawanishi.wordpress.com/%e3%83%96%e3%83%ad%e3%82%b0/
   
 昨日の『スッキリ!!』で私がテリー伊藤さんに対して怒声をあげたのも、その場の発言のやりとりというよりも、あまりにこうした想像力が欠如しているか らだ。「面白ければいい」というテレビ屋の発想が許される時と許されない時がある。人体にまだ大きな影響がないほどの食品の放射性物質の汚染について延々 と報じることは百害あって一利ない。ましてや実際に被爆した時に使われるヨウ素についてフリップを持ちだして語り始めるなどというのはやりすぎだ。確かに 大多数の人は「大丈夫なんだ」と思うだろう。しかしかならず一定の割合で「ホントかな。自分は先回りしてヨウ素を確保しよう」という人びとがいるのであ る。それは今回の首都圏の物資の買い占めを見ればわかることでしょう。
 説明をしてくれた専門家の先生が悪いわけではない。ああいう方々は「最悪の場合」を淡々と語るものだ。だからこそスタジオがその不安の矛先を正しく誘導 しなくてはいけない。にもかかわらずその危うい話題をより掘り下げようとしたテリーさんに対して私は「緊急冷却装置」を作動させたのである。あとから睨み 合いになりましたけどね。
 もっとも私の中にも抑えきれない怒りがたまっていたことも事実だ。私にはどうしても伝えたいことがあった。局入りの車に乗りこむまさにその時にかかって きた一本の電話の内容を話したかったのだ。打合せでそのことを頼んだにもかかわらずわざとのようにその機会は与えられず、逆にあの百害あって一利ない情報 をだらだらと流していたのだ。
   
 電話とは田中康夫さんからだった。阪神淡路大震災の時もボランティアで活躍した田中さんは、いち早く相馬市と南相馬市に飛び込んでいた。ドライシャンプーを大量に手にして、である。
 その田中さんから昨日の早朝に電話があったのだ。両市の市長などと話したあとの田中さんの声は怒気を含んでいた。
 「大マスコミはどこも来てないよ。一社もだ。先日、松本龍防災担当相が乗りこんできたが、そこにも随行していない。いま、外に出ているこの地の記事といえば『週刊文春』のグラビアだけだよ」
 『週刊文春』の写真を世に出したのは、我等が不肖宮嶋である。ホント、不思議なんだけど、田中さんにしても私にしても不肖にしても、何かヤバいことが起きると妙につながるんだよなあ。
 なぜ大マスコミが来ないか。福島原発から近いからだ。「イラクと同じだよ」と田中さんは言った。デスクが局長が、責任をとりたくないからである。オノレの高給と天下りを守りたいからである。そういえばイラクでも突っ込んでいったのは私や不肖だったなあ(苦笑)。
 田中さんの驚愕情報は続く。なんと、被災からこの方、相馬市にも南相馬市にも東京電力からは「電話の一本もない」という。県からも連絡があったのは被災 から一週間がたってからのことだった。両市の人びとは「見捨てられている」と感じているという。メディアが入って被災状況を報じるのは、そうでない地域の 人びとの同情を誘うためではない。「ちゃんとあなたたちのことを見ているよ」と被災者の方々に伝える方が大事なのである。相馬、南相馬ではそれがなされて いないということであった。
 日本有数の事情通である田中さんの話は「これだけの事態なのに東電の勝俣恒久会長がまったく表面に出て来ない」ということの裏事情に広がって行くのだ が、それはまた後日。確かに。芸能人の醜聞の時に押しかけるあのパワーでもって、テレビのレポーターは勝俣会長の自宅に行けよな。
 金融機関も全く機能しておらず、現金を引き出せるのは郵便局だけ。医療機関から関係者が逃げたというような話だけは大マスコミは報じるが、それは逃げた のではなくいてもインフラが崩壊して何もできない、だったら他の場所に応援に行った方がいいという事情だったからだという。こんな気の毒な内実をちゃんと 取材せずに風聞によって、足を引っ張るような記事だけは垂れ流すのだ。
 ちなみにこれは別ルートからで、その孤軍奮闘している郵便局関係者の話。相馬地域ではないが、津波につかって濡れてしまった1億円の「日銀パック」を日 銀に持ち込んだところ「乾かしてから持ってこい」と突き返されたとのこと。大マスコミはこういう情報こそちゃんととって、責任者を吊るせよな。
 この相馬市と南相馬市の視聴者に私は言葉を届けたかった。無駄に垂れ流している電波でもできることがあるのである。
 全国ネットも終わりの方になって「家庭でできる節電」などというホントにどーでもいい企画をイライラしながら観ていると、フロアのスタッフと進行役の青 木源太アナが目顔で私に振ってくれた。そこで、かの地の人びとに「私たちは忘れていない」と呼びかけることができたのだ。テレビ局でもこうして現場で機転 をきかせてくれるようなスタッフもいることを覚えておいて下さい。
 
 昨日はついに仕事場に「突入」した(苦笑)。ダンボール数箱の資料を軽井沢の自宅に疎開させて、ようやく部屋の半ばまでの道が開通した。都内でもっとも激しく被災した場所かもしれないと思った(泣)。
 終えて外に飯を食いに出る。夜空にまもなく赤坂プリンスホテルが目に入ってきた。ご存じのようにあと10日ほどで閉館する。
 <シティホテル曲がり角/外資に押され戦略転換>
 http://www.sankeibiz.jp/business/news/110311/bsd1103110502004-n1.htm
 おおっ。奇しくもこの記事は11日の早朝の配信なんだなあ。その時に誰がこんな大災禍が列島を襲うと思っただろう。
 その赤プリを、避難所として活用できないだろうか。地震発生直後から実は私はそう思いついていた。すると都心をよく知る複数の方々から同様なメールが届いた。考えることはみんな一緒である。
 旅館や民宿で収容を、という時に書いたように、ホテルには既に設備が整っている。赤プリに、というと贅沢なようだが、仮設住宅などを新設するコストを考 えると、そうでもない。もちろんダブルベッドの一部屋に、一家族で入り、床も使ってもらうのである。何もかつてのバブルのころ赤プリを使ったカップルのよ うにしてくもらうわけではない(笑)。バンケットルームも使えるだろう。プライバシーはないが、東北の寒い体育館よりはよほどいいはずだ。
 何よりも、被災者の方々が日本のど真ん中にいるということの「意味」が私は大きいと思う。誰もあまり言わないが計画停電の中でも都心は電気が止まらな い。私もその恩恵を受けている。たとえばその地域の電気代を値上げしてこうした都心で受け入れる被災者の費用に回してもらってもいいではないか。
   
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