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2011年3月20日 (日)

2011年3月20日号外。<なんとか危機は乗り切ったと私は信じている。号外はこれで終わりにしたいです>。

<これは勝谷誠彦が個人で配信している有料配信メールです。非常時とあって配信元の許可を得て転送します。あくまでも個人が得ている情報からの推察ですの で、内容についてはそれぞれがきちんと吟味して判断してください、という勝谷のメッセージを添えます。なお配信元その他の情報は下記の通り。
 勝谷誠彦HP:http://katsuyamasahiko.jp/
 問合せ:info@katsuyamasahiko.jp
 情報提供・感想:stealth@katsuyamasahiko.jp
 発行:株式会社 世論社>  

 

(2011/03/20 19:56), 勝谷誠彦の××な日々。 wrote:

 2011年3月20日号外。<なんとか危機は乗り切ったと私は信じている。号外はこれで終わりにしたいです>。

 

 ようやく個人での発信と大マスコミのそれがやや似てきた。大きな嘘は誰でもわかるということだ。
 私の速報の役割は終わりだと思ったのだが…。だが、については最後に書く。
 いま、大マスコミが発していることは、扱い方やコトの軽重の認識は相変わらず頭が悪いし気が狂っているけれども、受け取る側にそれなりのリテラシーがあればなんとかやっていけると思います。
 たとえばいま、3号機の炉圧があがってきたというニュースがある。昨日までなら私はすぐに速報してあらゆる最悪の事態について考えただろう。しかし、今はそうではない。どうやらすべてがコントロール下にあり集団パニックがなくなったからだ。
 <圧力上昇の3号機「ただちに蒸気放出必要なし」枝野長官>
 http://www.asahi.com/national/update/0320/TKY201103200139.html
 <枝野幸男官房長官は20日夕の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所3号機の原子炉格納容器内の圧力が高まったことについて「現時点でただちに放 出を必要とする状況ではない」と述べ、弁を開けて放射性物質を含む内部の蒸気を放出して圧力を下げる作業は当面は必要ないとの認識を示した。>
 弁をあけてもいいと思う。空気中の放射能の量は増えるがそれがどういうことかをもう国民は知っているからだ。
 これまでの原発行政の最大の失敗は「たまには間違う」「しかしそれはたいしたことではない」を言わないで来たことだ。
 武田邦彦先生はその虚妄をついていてやや過激だし、わが畏友の川西琢也君はそれをややおだろやかに言っている。しかしここはケンカする場ではない。「高いけれどもおいしですよ」「安いけれどもマズいし身体によくないかもしれない」という私たちの日常を思えばいい。

 わざわざこの号外を出すほどではありませんでした。しかし、まあけじめとして。いちにち2本以上ないと淋しいと思っていたみなさん、慣れて下さい (泣)。私はこの間にパソコンを一台物理的に壊してしまって(打ちすぎによるキーボードの破損)そのあとの移行も素人なりにやりながらお送りしていまし た。まだ不安定でよくわからん。
 明日からはいつものように世界中をながめながらまた書いていく。もちろん国難についてはトップだ。「犠牲者」の数についての嘘は許せるものではない。 「生き残っている人」と「人口」の差をちゃんと出せよ。「親族から届け出があった人を行方不明者としている」という酷い嘘。みんないなくなっちゃった方々 が多いんだよ。なぜ行政はこういう嘘をつき、それを大マスコミは丸呑みで出すのかね。いかに両者が癒着しているかという典型的な証左である。

 しかし、これは号外を出す価値があったたのかと思うのである。
 今日もお送りした『天国のいちばん底』では70年代の高校生がしょうもないグダグダを温泉でやっている。下部温泉というところだ。甲府から身延線で行く。
 この身延線が計画停電であまり動いていないという。ということはこの3連休、沿線の旅館は休業状態だ。悲鳴のようなメールが私のもとに来ている。別に 『テンソコ』を読んでくださっている方々ではない。しかしいま小説がそこが舞台であることの不思議な暗合を感じて、私は捨ておけないのである。
 日頃そこに人を送り込むことで飯を食っているJRはこのあたりのことがよくわかっているのかね。東電に「ここの停電はやめて下さい」とういうべきだろう。
 計画停電ではなく石油ショックの時のように総量規制にすべきかもしれぬ。
 <「計画停電やめて総量規制に」/同友会が提言>
 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103150395.html
 まさにいまの被災者の方々の疎開先として、こういう負担をかぶっている下部温泉のような場所を選ぶべきではないか。そうした選択ができるセンスがある人 間、人情味がある人間が、いまの非常時のセンターに欲しい。そういう人のスピーチがあれば国民は泣きながら笑って、日本人ならばすべてを許すのである。極 左と演歌は相いれない。だから、いまそういう人材は登用されない。
 前線も、銃後の人も。ふつうの人がふつうに生きていける日本国に早く戻りたい。それだけだ。

 今回の号外は基本的にこれを最後にします。もちろん何かあればすぐに送ります。
 転送に関してはそれぞれが常識的なご判断を下さい。私が今回の危機に際して、一切の大マスコミからオミットされながらもこうして情報を整理してお送りで きたのは、この日記にお金を払ってくださっている方々のおかげです。私の力ではなく、あなたや、あなたのおかげなのです。どうもありがとう。
 この気持ちをくんでいただいた上で、そろそろ元のルールに戻していただければと思います。私と迂闊屋の考えです。

 明日の『スッキリ!!』は出ることになりました。しかし相当なすったもんだがあったとマネジャーのT-1君から。昨日の段階では「わからない」と言われていた。「わからない」のなら「未来永劫降りる」と私は通告しました。
 番組ではおとなしくする予定。号外だから書けちゃうよな。あそこに居すわっていることがまあ大切だからね。
 さあ、これからだ。天皇陛下のあのお言葉をいつも胸において、自分のいる場所で自分ができることをやっていきましょう。
 私たちはできる。やってきたし、これからもできる。

 で、終わるはずだったのだ。ところが書いたところで川西君からメールが入った。「号外をやめるな」という。また辛いことを(号泣)。
 そもそもなぜ「暫定最終号」としたかがあるんですね。私は「最終号」としたくて(しんどいからね・笑)信頼できに情報筋にそれを送った。だけど、みんな反対。ちょっとへろへろになりながらこれを書いている。もうおしまいにしたかったのに(泣)。
 というわけで、特別なことがないかぎりは出しません。しかし特別なことがあれば、すぐに出します。いいか、川西、レッサー(笑)。
 武田邦彦先生をふくめて、こういう人たちたがあなたや、あなたを支えているんですよ。不思議な、しかし素晴らしい情熱だ。その受け手としては私はまだ機能しつづけたいと思っている。
 う~ん、まだまだかあ。
 しんどい。しかしやるよ。

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